出版は双葉文庫。
『人通りの多い駅前からはずれ、本流からおこぼれを預かる毛細血管のような脇道の一つを進むと、唐突に現れる古い木造建築。0.1円であっても消費税を切り上げ請求してくる婆さんが営む本屋だ。
この本屋の婆さん、なかなか曲者で、いつ何時訪れてもレジカウンターに収まり酢昆布を食べながらテレビを見ている。そして客の気配に気づくと、決まって和紙を握りつぶしたような顔で威嚇してくるのだ。その瞬間、ある者は立ち読みを諦め、ある者は、つまりこれは私なのだが、まるで店から退場する権利が欲しいかのように、そそくさと目に付いた文庫本を手に取る。
店の敷居を一歩でも跨ぐと、そこはもう婆さんのテリトリーなのだ。
レジに文庫本を持っていくと慣れた手つきでカバーを被せ、笑みとも苦虫を噛み潰したともとれぬ表情で、一円余分に請求してくる。ここで小銭を出すのにもたつけば、「舌打ち」で散々殴られる破目になるから、客は事前の準備をもって手早い支払いを強いられる。そのくせ会計の合間に、少しでも相撲中継が白熱すると客を平然と待たせるというのだから理不尽だ。年をとると肝が据わると言うが、この婆さんを見る限り本当らしい。もっとも、客が発する小さな音の抵抗をも無視するのは耳が遠くて聞こえていないからなのかも知れないが。
こんな調子でよく潰れないものだ。不思議ではあるが当然とも思える。年月を経て本の一部と化したように見える異質の本屋に魅力を感じ、消極的に店を支えている人間が私以外にもいるということなのだろう。
私は本屋を出ると肺の空気を入れ替え、カバーに包まれた2冊の退場券に目を落とした。
「雫井脩介、犯人に告ぐ、か。面白いのかな?」』
「犯人に告ぐ」を買うまでの経緯をちょっと小説風に書いてみた。実話なんだけどね。
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